神戸地方裁判所尼崎支部 昭和42年(ワ)313号 判決 1970年2月26日
原告
小杉喜一郎
ほか一名
被告
宮本安見
主文
被告は、原告等各自に対しそれぞれ金七五万円及びこれに対する昭和四二年六月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、仮に執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言を求め請求原因として、
「一、(事故の発生)訴外小杉正善は、昭和四一年一一月三〇日午後六時五〇分頃、池田市木部町二一〇番地附近道路を歩行中、対向して進行して来た訴外広城秋男こと李秋男運転の普通乗用自動車(泉五せ九九〇九号)に衝突されてはね飛ばされた。
二、(被告の責任)被告は、本件事故発生当時、訴外李秋男の運転していた右自動車を自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた訴外小杉正善の人的損害を賠償する責任を負うものである。即ち、本件事故発生当時、被告は、土木建築、その資材運搬等の事業を営み、訴外李秋男の運転していた右自動車を所有して、これを右事業の用に供していたものであり、訴外李秋男は、被告に雇傭されて被告の右事業による所用のために右自動車を運転していたのである。もし、仮に、本件事故発生当時、訴外李秋男が、被告に無断で被告の右事業とは関係なく自己の私用のために右自動車を運転していたとしても、被告は、訴外李秋男が右自動車を乗り出すにつき、右自動車をその鍵を車体につけたまま訴外李秋男において適宜に何時でも運転できるような状態で止め置いていたのであるから、やはり右の訴外李秋男の運転につきその運行供用者たる地位にあつたものと言うべきである。
三、(損害)
(一)、訴外小杉正善の得べかりし利益の喪失による損害 三二八万円
訴外小杉正善は、本件事故により左大腿及び下腿骨骨折等の重傷を負い、直ちに池田市民病院に収容されて引き続き入院治療を受けてきたが、昭和四二年四月二〇日右の負傷が原因して同病院で死亡した。しかして、訴外小杉正善は、本件事故発生当時訴外白木金属工業株式会社に勤務し、平均月額三万円、年額にして三六万円の給与収入を得ていたところ、右死亡当時満二〇歳の男性にして本件事故による受傷までは健康体であつたから、本件事故に遇わなければ、右死後なお少くとも四〇年間は、生存して(厚生大臣官房統計調査部作成第九回生命表による。)右と同様に稼働し、同様の収入を得たであろうと考えられ、一方、右稼働可能期間中の訴外小杉正善の必要生活費は、おおよそ右収入額の三分の一(年額一二万円)を要するものと見積られる。そこで、以上をもとに、訴外小杉正善が右死亡によつて失つたとみられる純収益を算出し、これにつきホフマン式計算法(単式)により民事法定利率の年五分の割合による中間利息を控除して右死亡当時におけるその現価を算定すると、右現価は、三二八万円(但し、誤算があり、正しくは三二〇万円)になり、結局、訴外小杉正善は、本件事故により右死亡当時において同額の得べかりし利益の喪失による損害をこうむつたことになる。
(二)、訴外小杉正善の慰藉料 一〇〇万円
訴外小杉正善は、前述の本件事故後死亡までの間に、右負傷により多大の精神的苦痛をこうむつたから、これに対する同人自身の慰藉料として一〇〇万円の賠償が認められてしかるべきである。
四、(原告等の相続)原告等は、訴外小杉正善の父母であつて、訴外小杉正善には妻子がなかつたから、その死亡により訴外小杉正善の被告に対する以上の損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続した。
五、(結論)よつて、原告等は、被告に対しそれぞれ右相続にかかる損害賠償金の内金として七五万円ずつとこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。」
と述べた。
被告訴訟代理人は、「原告等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め答弁として、
「一、請求原因一(事故の発生)の事実中、原告等主張の日時、道路において、その主張の訴外李秋男運転の自動車が訴外小杉正善の身体に衝突したことは、これを認めるが、その余は不知。
二、同二(被告の責任)の事実は、これを争う。
三、同三(損害)の(一)の事実中、訴外小杉正善が本件事故によつて左大腿及び下腿骨骨折の傷害を受けたこと及び同人がその後死亡したことは、これを認めるが、その余は争う。訴外小杉正善は、本件事故による負傷が治癒した後に、他の手術を受け、その余後の悪化によつて死亡したものであり、同人の死亡は、本件事故に起因するものではなく、本件事故と因果関係がない。
同三の(二)は、争う。
四、同四(原告等の相続)の事実につき、原告等が訴外小杉正善の父母であり、死亡した訴外小杉正善には妻子がなかつたことは、これを認める。」
と述べた。
〔証拠関係略〕
理由
一、(事故の発生)訴外李秋男が、原告主張の日時、道路において、原告主張の自動車を運転中に同車を訴外小杉正善に衝突させたことは、当事者間に争いがない。ちなみに、本件事故の態様についてみるに、〔証拠略〕を綜合すると、本件事故は、訴外李秋男が右自動車を対面歩行中の訴外小杉正善に直接衝突させて、同人を路上にはね飛ばしたものであることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
二、(被告の責任)〔証拠略〕を綜合すると、被告は、本件事故発生当時、土建業を営み、前記の訴外李秋男が運転していた自動車を所有して、同車を平素一般に右事業の用に供していたこと、一方、訴外李秋男は、本件事故発生当時、被告にその営む土建業のブルトーザー運転助手として雇われていたものであるが、本件事故は、訴外李秋男がその日の勤務を終えてから同僚と共に池田市内の商店街までパチンコ遊びに行くために被告に無断で前記自動車を乗り出して運転中に起したものであることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかしながら、更に、〔証拠略〕を綜合すると、前記自動車は、被告の前記事業につき、被告自身の通勤のためのほか、作業現場における諸種の連絡業務その他一般の所用のために用いられていたものであつて、平素から、被告自身のみならず、その被用者も被告の指示によつて右事業の所用のために右自動車を運転していたこと、訴外李秋男は、普通自動車の運転免許を取得していなかつたため、本件事故発生当時まで特に被告から指示されて右自動車を運転したことがなかつたが、平素右事業の作業現場では時々右自動車を運転していたのであつて、その同僚の中にも時々訴外李秋男がこのように右自動車を運転しているところを目撃し、訴外李秋男が既にその運転免許を取得しているとばかり思つていた者もあること、しかるところ、被告は、平素大体、その日の仕事を終えると右自動車を自宅まで乗り帰つて自宅の前に止め置いてきたが、本件事故当日は、当時訴外李秋男が寄宿していた右事業の飯場の前に止め置いたまま、仕事を終えてそこから離れた自宅に帰つてしまつたこと、しかも、その際、被告は、右自動車の鍵をその車体につけたままにしておき、訴外李秋男のみならず右飯場に寄宿する被告の被用者にとつては適宜容易に右自動車を乗り出せる状態で右自動車を止め置いていたこと、そこで、訴外李秋男は、前記のとおり私用のためにせよ、本件事故発生当時は自由に右自動車を持ち出して運転することができたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上各認定の事実を綜合して考えると、本件事故は、訴外李秋男が被告に無断で私用のために右自動車を運転中に起したものではあるが、訴外李秋男の右自動車の運転は、客観的外形的には右自動車の所有者である被告のためにする運行と認めることができるのであつて、かように認め得る限り、右自動車の所有者たる被告は、前記訴外李秋男による右自動車の運転につき、自賠法三条に言う「自己のために自動車を運行の用に供する者」に該るものと言うべきである。従つて、被告は、自賠法三条により、本件事故に基ずく訴外小杉正善の人的損害を賠償する責任を負うものである。
三、(損害)
(一) 訴外小杉正善の死亡による得べかりし利益の喪失の損害 認容額三二八万円
訴外小杉正善が、本件事故によつて左大腿及び下腿骨骨折の傷害を受けたこと、及び、同人がその後死亡したことは、当事者間に争いがない。そこで、先ず、本件事故と訴外小杉正善の右死亡との間の相当因果関係の存否について考える。〔証拠略〕を綜合すると、訴外小杉正善は、本件事故によつて、前記の傷害のみならず、これと併せて頭部挫傷の傷害も受け、そのため、昭和四一年一一月三〇日本件事故直後に池田市立池田病院に収容されたときには、顔面蒼白、瞳孔散大、自発呼吸停止、心膊も認められない危急状態にあつて救急処置によつて蘇生の後、入院治療により一般状態の恢復を待つてからでなければ、前記の左大腿及び下腿骨骨折の本格的治療をなし難い症状にあつたこと、そこで、訴外小杉正善は、そのまま同病院に入院の上一般状態の恢復を待つた上で、左大腿及び下腿骨骨折につき、同年一二月五日キルシユナー氏鋼線による索引術を受け、その後昭和四二年一月一一日にキユンチヤ氏釘による髄内固定の手術を受けたが、右髄内固定手術の際に受けた輸血から昭和四二年三月一五日頃急に血清肝炎を発病し、急激に悪化の途をたどり、結局この血清肝炎が直接の死因となつて昭和四二年四月二〇日同病院で死亡したことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。ところで、〔証拠略〕を綜合すると、右輸血は、前記骨折の髄内固定手術を遂行する上において必要にしてやむを得ない措置であつたこと、右輸血は、普通に血液銀行のミドリ十字から提供された血液を用いてなされたものであるし、右輸血に当つては、担当医師等によつて通常履行すべき検査等の手続は履践されたのであつて、前記のように訴外小杉正善が血清肝炎に罹患したことにつき、医師その他の右輸血担当者に格別の過失はなかつたこと、また、訴外小杉正善の前記血清肝炎発病後のその治療についても、担当医師に過失があつたとは言えないこと(もつとも、担当医師は、訴外小杉正善の吐血が通常の治療によつても治まらず、却つて激化の傾向を示したので、昭和四二年三月二七日に十二指腸潰瘍の併発を疑つて同人につき胃切開腸瘻造設手術を施行したが、何等十二指腸潰瘍等出血原因の所見を見出せなかつたことがあつたが、この手術の施行が訴外小杉正善を死に導いたとは言えないし、また、右手術の施行をもつて担当医師に治療上の過失があつたと言うこともできない。)、そして、一般に、いまだ我国においては、輸血による血清肝炎の罹患率は、人によつては三〇乃至五〇パーセントとも言われるほどの割合を保つており、又前記訴外小杉正善の場合のように急激に襲つて来た血清肝炎は、かなりの死亡率を伴うものであること、しかも、血清肝炎には確実に治療効果を発揮する特効薬もないことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。以上認定の事実を綜合して考えると、医学上、前記訴外小杉正善の死因は、血清肝炎であつて、本件事故による負傷そのものは、直接その死因に該らないけれども、法律上は本件事故と訴外小杉正善の死亡との間に相当因果関係があるとするのが相当である。
しかして、〔証拠略〕を綜合すると、訴外小杉正善は、前記死亡当時満二〇歳の男性で、本件事故により負傷するまでは健康にして、白木金属工業株式会社大阪工場に工員として勤務し、右死亡の前年である昭和四一年中に合計三五三、二四五円の給与収入を得ていたことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、訴外小杉正善は、本件事故に遇いさえしなければ、右死後なお五三年間は生存し(厚生省統計調査部作成第一一回生命表による。)、そのうち少くとも満五五歳を過ぎるまでの三五年間は右同様の勤務による稼働を続けて、その間少くとも毎年三五三、二四五円の給与収入を得たであろうと推認することができる。そして、訴外小杉正善の右稼働可能期間中の必要生活費は、毎年右収入の二分の一を要するものと推定するのが相当であるから、訴外小杉正善は、本件事故によつて、右死後三五年間にわたり毎年一七六、六二三円ずつの得べかりし利益を失つたことになる。そこで、右の逸失利益の全部について、ホフマン式計算法(複式・原告等は単式を用いているが、弁論主義に反しないものと考える。)により年ごとに民事法定利率の年五分の割合による中間利息を控除して、右死亡当時におけるその現価を求めると、三五一万円(万以下切捨)になる。そうすると、訴外小杉正善は、本件事故により右死亡当時において少くとも原告等が主張する三二八万円の得べかりし利益の喪失による損害をこうむつたものと言うことができる。
(二) 訴外小杉正善の慰藉料 認容額一〇〇万円
訴外小杉正善が本件事故によつて受けた傷害及びその死亡までの経過は、前記認定のとおりであつて、訴外小杉正善が、右負傷により、死亡するまで約一四〇日間にこうむつた精神的苦痛は、多大なものであつたと推認するに難くない。そして、本件事故の態様が前記認定のとおりであつて、加害者訴外李秋男の一方的過失によるものと認められること、その他、前記認定の訴外小杉正善の年令等本件証拠上認められる諸般の事情を綜合して勘案すると、訴外小杉正善が本件事故によりこうむつた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告等の主張額を限度とすればその最高額の一〇〇万円をもつて相当と認める。なお、〔証拠略〕を綜合すると、訴外小杉正善は、既にその生存中にその父である原告小杉喜一郎を通じて被告及び訴外李秋男に対し本件事故による慰藉料請求の意思を表明していたものと認めることができる。
四、(原告等の相続)原告等が訴外小杉正善の父母であつて、訴外小杉正善には妻子がなかつたことは、当事者間に争いがない。そうすると、原告等は、それぞれ、訴外小杉正善の被告に対する前項の損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したものである。
五、(結論)以上のとおりだとすると、被告は、本件事故による損害賠償として原告等に対し、それぞれ三、(一)及び(二)の損害金の合計の二分の一に当る二一四万円ずつとこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年六月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金とを支払う義務を負うべく、この範囲内でそれぞれ被告に対し本件事故による損害賠償として七五万円ずつとこれに対する昭和四二年六月二五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金との支払を求める原告等の本訴請求は、いずれも正当である。
よつて、原告等の本訴請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 米田俊昭)